仁王は何を考えてるのか。何を思って、そんな言動をするのか。そういうのを読ませない人だ。だから、不安になる。どれだけ、私に甘くしてくれていても。



「なに、難しい顔しちょる。せっかくの可愛い顔が台無しじゃよ?」



実際の席は前後ではないけれど、今みたいに昼休みなんかは、仁王が私の前の席を借りていることが多い。・・・そう、私じゃなくて仁王が移動してくれているんだ。



「それはどうも。」

「・・・・・・何じゃ、随分と素っ気無いのう。」

「別にー。仁王の気のせいじゃない?」



あからさまに機嫌が悪いことを示すように、私はふいと顔を背けた。そんな私に仁王は両手の人差し指を伸ばし、私の口角を無理矢理グッと上げた。



「だったら、笑いんしゃい。お前さんは笑顔の時が1番じゃ。」

「わかったってば・・・!」



そう言いながら、私は仁王の指から逃れようと、首を後ろに反らした。



「・・・・・・・・・本当に機嫌が良くないみたいじゃな・・・。何かあったんか?それとも、俺が何かしたか?」



さすがに私の様子がいつもと違い過ぎることに気付いた仁王は、心配そうに言った。・・・私だって、仁王を落ち込ませたくて、こんな態度をとってるわけじゃない。こんな不安に駆られるぐらい大好きなんだから。だからこそ、私は仁王を心配させないために、冗談っぽく答えた。



「うん、したよ。仁王は私に優しくしてくれる。」

「・・・何じゃ、それは。じゃあ、俺はをいぢめた方がえぇんか?」



仁王も同じように笑いながら、そう言ってくれた。だけど、口調や表情は私をからかいたいなんて様子ではなかったから、たぶん私の不安に気付いてくれてるんだと思う。・・・やっぱり、優しいよね。でも、やっぱり不安は消えない。だから私は、また迷惑はかからないよう、笑いながら言った。



「そんなわけないでしょ。そうじゃないの。・・・仁王はカッコイイし、テニスだって上手いし・・・それに、優しいし。そんな仁王の隣に私なんかがいていいのかなって思うと同時に・・・。」

「まだ、あるんか。」

「うん、あるよ。」


少し険しい顔をした仁王に、私はあえて笑顔で答えた。・・・・・・そうでもしないと、こらえられなくなりそうだったから。



「本当に、仁王は私のことが好きなのかなって・・・。」



これを言った瞬間に、仁王の顔がもっと険しくなった。・・・たぶん、怒ってるんだと思う。仁王がこんなに感情を露にするのを見たのは、初めてかもしれない・・・。だからこそ、私は慌ててフォローをした。



「別に仁王のことを疑ってるわけじゃないんだよ?ただ、ね・・・。やっぱり、仁王は『コート上の詐欺師』って異名もあるぐらいだから、たまに不安になるって言うか・・・。」



ただ、私のフォローは何の意味も成さなかったようで(それはそうだね・・・。この言葉じゃ、余計に仁王を疑ってるみたいだもの・・・)、仁王の表情は一向に良くなる気配が無かった。私も、こんなことが言いたいんじゃないと思って、覚束ない話し方ではあるけれど、精一杯仁王に説明を試みた。



「いや、仁王にそんな異名が無くたって、たぶん不安になるんだ。好きじゃない人でも、相手が何を考えてるか、なんてわかるわけがないでしょ?好きじゃない人なら、それでもいいって思えるんだけど・・・。仁王は好きだからこそ、わかりたいと思う。でも、わかりっこないから、不安になる。・・・そんなことを不安に思ったって、意味が無いってことはわかってるんだけど。」

「・・・・・・・・・。」

「ゴメン。何が言いたいのか、よくわかんないよね。ちょっと、頭がカオス状態になってるみたい。」



まだ機嫌が戻らなさそうな仁王を見て、私は冗談っぽく誤魔化した。・・・でも、本当に私の頭の中がカオス状態になってるよ。



「・・・いや。まぁ、ちょっとぐらい言いたいことはわかった。」

「本当?!」



自分でもカオスだと思っているのに、仁王がそう言ってくれて、私はすごく嬉しそうな声で答えた。それに、仁王の機嫌も悪くはなさそうだったのが、もっと嬉しかった。



「あぁ。要は、が俺のことが好きで好きでたまらん、ってことじゃろ?」

「・・・・・・・・・う〜ん・・・。外れてはいないんだけど・・・。」



たしかに、それも言いたいことの1つかもしれない。でも、話の中心ではない。今、私が仁王に伝えたかったのは、このどうしようもない不安なんだ。
どうしようもないのだから、伝えようもないのかもしれないけど・・・。



「さっきのの言葉を借りるなら。には俺自身もカオスに見えるってとこか。」

「あ、それ。そんな感じ!」



そう言ってしまってから、また言い過ぎた!と気付いた。本当、仁王を傷付けるつもりはないんだよ・・・。そう思って、しゅんとしていると、仁王が少し吹き出した。・・・あれ、どうやら、今回はそんなに機嫌が悪くなってないみたい。



「カオス・・・そうかもしれん。人間は皆、カオスに近いかもしれんのう。」

「・・・そうなるかな。」

「そう、一見複雑に見えるんじゃが、その規則は意外と単純だったりするんじゃよ。・・・人間なんて、そんなもんじゃろ。」

「単、純・・・??カオスは単純じゃないでしょ?混沌としてるんだから。」

「それは英語とか、そういう分野での話、な。もちろん、カオスが全て単純ってわけでもないんじゃが。」

「どういうこと??」



私の不安の話から、何だかカオス自体の話に移ってしまっている・・・。しかも、まるで勉強みたいな話だ。余計、仁王が何を考えてるのか、わからなくなりそう。



「理系の分野では、カオスっていうのは、あるルールを持ったもののことを言うんじゃよ。ただ、初期条件によって、後の変化が大きく変わるために、長期予測は難しい。・・・なんてことを言うても、にはわからんじゃろうが。」

「だって、そんなの中学でやる範囲じゃないでしょ?」

「まぁな。じゃから、俺も詳しくはわからん。が、天気予報なんかには、このカオス理論っていうのを利用しちょるみたいじゃ。」

「ふ〜ん・・・。」

「明日・明後日の予報っていうんは、比較的高い確率で当たるじゃろ?けど、週間天気予報となると、徐々に外れてくる。・・・それがカオスじゃよ。」

「なるほど。・・・って、今はカオスの意味が知りたいんじゃないよ?」



一瞬、仁王の説明に納得しかけたけど、そんなことはどうでもいいんだ。そう思って、私は仁王に首を傾げて見せた。



「わかっちょる。要は、人間の行動も一見複雑に見えるかもしれんが、意外と簡単な規則に則って動いとるかもしれんって話じゃ。」

「・・・・・・うん・・・。」

「だから、俺もそうなんじゃよ。には俺がランダムな動きをしてるように見えるかもしれんが、実の所、が好きじゃから、俺はに優しくするし、近くに居たいと思う。それぐらいのルールしかないってことぜよ。」



仁王の言っている意味はわかる。理解はできる。でも、私の気持ちはまだ晴れてはいなかった。だって・・・。



「・・・でも、カオスは長期予測ができないんでしょ?だったら、仁王も将来はどうなるかわからない。いつか、私のことを・・・・・・。」



その先は言えなかった。「いつか、私のことを好きじゃなくなるんじゃない?」そんなことを頭の中で考えるのもつらいけど、口に出してしまえば、もっともっと苦しくなるだろうから。



「それは間違っちょる。」

「どうして?」

「そもそも、カオスは長期予測が『できない』んじゃなく、『難しい』ってだけじゃ。それに。カオスは長期予測が困難になっても、ルールはいつまで経っても変わらん。」

「うん・・・。」

「さっきも言ったじゃろ?俺はが好きだというルールで動いちょるって。つまり、そのルールはいつまで経っても変わらんってことぜよ。」



そう言った仁王の笑顔は、とても優しくて・・・。ようやく、私も本当の笑顔に戻れた。



「わかった。・・・ありがとう。私のよくわからない不安を聞いてくれて。」

「俺だって、似たような不安を抱えることもあるからのう。よくわからんってことはなかったぜよ。」



仁王も同じように、私のことを考えてくれてるんだ・・・。そう思うと、より嬉しくなって、私は答えた。



「でも、私も仁王が好きって、単純なルールで動いてるだけ。だもんね?」

「ふっ・・・そうじゃな。」



少し笑った仁王も、私の答えに喜んでくれているみたいでよかった。



「ところでさー。」

「ん、何じゃ?」

「仁王はカオスのことについて、どこで知ったの?」

「さぁて・・・?どこじゃったかのう。」

「あぁ!また、そうやってはぐらかすつもり?」

「おぉっと。もうすぐ休み時間も終わる。そろそろ戻らんとなぁ。」

「いいよ〜だ。次の休み時間に聞いてやる。」

のことだから、そのことばっか考えて、次の授業に集中できなくなりそうじゃのう?」

「なりません〜!」

「じゃあ、逆に授業に集中して、そのことを忘れそうじゃな。」

「絶対に忘れないもんね!」

「そうか・・・。それは楽しみにしてるぜよ。じゃあな。」



そう言いながら、仁王は本来の自分の席へ帰って行った。また、はぐらかすなんて、さっき仁王が何を考えているかわからないって言った私の不安を忘れたの?
・・・な〜んて。そんなわけないよね、仁王。わかってる。だって、次の休み時間に聞くって言った私に、普通に返してくれたんだもの。・・・・・・それって、何も言わなくたって、次の休み時間も私の所へ来てくれるってことでしょ?そして、その理由は、ある1つの単純なルールに基づいた行動、なんだよね、仁王。私も、その同じルールに基づいて、次の休み時間も楽しみに待ってるよ!













 

授業で、『カオス理論』について簡単に学んだのです。それで、先生が「カオス=ランダムじゃないってことは覚えておいて」と仰っていたので、そんな夢小説を書いてみました(←なんで?!)。・・・まぁ、勉強してても、頭はこういう方へ考えていってしまうのです(笑)。

とは言え、私も簡単に学んだだけなので、間違っているかもしれません!(笑)とりあえず、調子に乗って使いたかっただけなんです、すみません・・・orz
仁王さんは数学が得意ということで、しかも、カオスのイメージに近いなぁということで、今回仁王夢を書いてみました!

('09/02/24)